料理に興味を持つようになったのは?
小学校低学年のとき、学校でサラダを作る授業があったんです。そのサラダを家でも作って家族に出したら、父が「おいしい!」ってすごく喜んでくれて。この時の父の笑顔が、私が料理に目覚めるきっかけでした。それからも、「お父さんをもっと喜ばせたい!」と、母の料理の手伝いをしながら、作り方を習っていました。ほかにも、家にある料理本を夢中で読んだり、テレビの料理番組も大好きでしたね。その結果、小学校高学年のころには、しょうが焼きや唐揚げ、カレーなど、レパートリーは少ないですが、おなじみの家庭料理は作れるようになり、何パターンかの献立も作れるようになっていました。
そして、さらに料理にハマったのが高校1年生のとき。大好きな彼から「お弁当を作って」と言われたことがきっかけになりました。それまでは家族にしか料理を作ったことがなかったので、どんなお弁当にしようかとわくわくドキドキ! カワイイのがいいけど、男子には食べ応えのあるおかずがいいよね、とかあれこれ考え抜いて決めた第1号のメニューは、鮭と鶏そぼろと炒り卵の3色そぼろ弁当。おかずには、エビフライと卵焼き、ポテトサラダもつけることに。朝5時に起きて、2時間もかけて作った甲斐あって、彼にも大好評でした。
それから時々、彼にお弁当を作ることになり、私の頭の中は彼に喜んでもらえるお弁当メニューを考えることでいっぱい! 授業なんてうわの空でした(笑)。これこそが、“作ってあげたい彼ごはん”の原点です。
料理研究家になろうと思ったきっかけは?
当時の私の夢は、かわいいお嫁さんになることでした。恋愛第一主義で(笑)、それ以外になりたいものや、憧れの仕事なんてなかったし、高校を卒業したら彼のお嫁さんになりたいと真剣に考えていました。両親のすすめで短大に進学はしたものの、相変わらずやりたいことは見つからないし、楽しみは彼に会うことだけ、という学生時代でした。ところが! 短大卒業まで1年を切ったころ、彼にふられてしまったんです。……人生の目的を失ってしまい、大ショックで頭が真っ白になりました。
そのときはちょうど就職活動時期。片っぱしから受けた試験にもことごとく落ち、彼もいなくなり、すべてを失った思いでしたね。そんな、ただただ無気力な毎日を送っていたとき、母が「あなたにはあなたの人生があるんだから、前に進みなさい!」って言ってくれたんです。彼がいない将来なんて考えられない、と思い、考えるのを避けていたんですけど、母の言葉にハッとしました。このまま目標もなく生きるのはイヤ。後悔がない人生を送れるよう、自分に向き合わなきゃって思えたんです。
そこで、「私が一番好きで楽しいこと、やりたいことはなんだろう?」って何度も自分に問いかけました。浮かんできたのは、家族の食卓や彼へのお弁当作り。「私は好きな人に料理を作ることが好き!」「料理を仕事にしたい!」突然、目の前がパパ~ッと開けたみたいに、やりたいことがわかりました。そこからは、一切の迷いはありませんでした。
料理研究家になるために取り組んだことは?
料理を仕事にするといっても、私がなりたいのはレストランのシェフではなく、好きな人と家で囲む食卓で食べる料理を提案すること。子どものころから大好きな栗原はるみさんみたいに、家で料理を楽しむための本を出したいって思ったんです。振り返ってみれば、私が一番うれしかったのは、大好きな彼に「おいしい」って喜んでもらえたときでした。そこから料理がさらに楽しく、さらに好きになったので、「若い女の子が好きな人のために初めて作る料理の本を作ろう!」とひらめきました。そして、「こういう本は作り手と読者が同じ目線でいなくては絶対にダメ、だから出版は、2年以内の22歳までに!!」とタイムリミットを設けました。腹をくくったら、もう今までの私とは別人です(笑)。
さっそく、四谷にあるフードコーディネーターを養成する”祐成(すけなり)陽子クッキングアートセミナー”に入学しました。実家の埼玉から四谷までは往復4時間。学ぶのはメニュー開発や料理をおいしそうに見せるコツ、スタイリング、料理写真の撮り方など。どれも全く経験したことがなかったので、最初のうちは思ったようにできず、劣等感にさいなまされてすっかり落ち込んでしまいました。でも、学べば学ぶほど楽しくなっていき、また、自分の方向性や持ち味も見えてきました。このときの体験が、今でもとても役に立っています。
半年後、スクールを修了したあと、祐成先生のアシスタントとして雇っていただけることに。またとないチャンスに大喜びでアシスタント生活をスタートしました。でも、当然ながら一番下っ端なので、食材の買い出しに掃除、洗濯、片づけなどの雑用に追われ、1日中立ちっぱなし。毎日ヘトヘトになりながらも、”22歳までに本を出す”という目標に向かっても動かなきゃならないわけです。そのため、朝は4時に起きて出勤の前に、夜は深夜0時の帰宅の後、そして休日はすべての時間を目標のために費やしました。
そのときやったことは、雑誌社に売り込むための作品やレシピ、企画書作り。ほかにも出版社に手紙を送り続け、実際に売り込みにも行きました。ほとんどは全く相手にされず、スルーされてしまいました。それでも1年半、友だちと遊ぶ時間どころか寝る時間も削って、ただ目標に向かって、できること、すべきことをがむしゃらに続けていましたね。
その結果、奇跡みたいに「本を出しましょう」といってくれる出版社が見つかり、『作ってあげたい彼ごはん』はギリギリセーフで22歳と356日目に出版! 夢が叶った瞬間でした。
20歳から22歳までの2年間は、「今までの人生の中で最も努力をした」と、胸を張って言えます。どんなに苦しく、つらくても、あきらめなかった自分をほめてあげたい!!
夢が叶っていかがでしたか?
ついに本が出て、これ以上ないくらい幸せだったハズなのに一瞬にして気分はどん底になってしまいました。本を出してみて気がついたんです。22歳の女の子が本を1冊出したくらいで生活は何も変わらないって。それどころか、2年間、無謀とも思える高い目標だけを見て、全力で走ってきて、いざゴールに着いたら、今後はどこに向かって走ればいいのか、わからなくなってしまったんです。
目標がなくなり、ものすごい不安が押し寄せてきて、それまでの超ポジティブな私から一変。1か月ぐらい廃人みたいに引きこもっていました。いわゆる金メダル症候群とか燃え尽き症候群ですね。でも、ありがたいことに、しばらくしたら2冊目の依頼をいただき、廃人から復活(笑)。
このとき、人生の目標は、ひとつじゃないんだと実感しました。1個達成したら、また次! 簡単には届かない高い目標を立て、達成するまでのタイムリミットを決めることもポイントです。無期限で努力をし続けるのは大変ですが、タイムリミットがあれば、長い人生の“たった一時”と思えて、力が湧き、集中できるんですよ。
"高い目標を定め、タイムリミットを決める!"
SHIORIさんならではのレシピのモットーやこだわりは?
まだ料理初心者だったころ、料理本に難しい専門用語が登場するとチンプンカンプンでした。「もっとわかりやすければいいのにな」と思っていたこともあり、レシピはできるだけ簡単に、がモットーです。
料理が初めての人でもわかりやすく、そしてレシピ通りに作れば間違いなくおいしくできる再現性を大事にしています。たとえば、「ふっくらするまで煮る」という表現は、一見わかりやすいようだけど、料理に慣れていない人は受け取り方にかなり差が出ます。だから、「弱火で10分」とか、「具が汁気をしっかり吸うまで」など、できるだけ具体的でわかりやすい表現を心がけています。
これからも身近な食材で毎日気軽に作れる家庭料理を極めたいですね。ちなみに、一番得意なのは、肉汁があふれるハンバーグ!(笑)
これからの目標は?
22歳で独立して『作ってあげたい彼ごはん』を出版したあと、本がシリーズ化され、400万部を超えるベストセラーになりました。おかげさまで雑誌やテレビ、広告、企業とのコラボ、料理教室の講師など、本当にさまざまなお仕事をいただけて、がむしゃらに突き進んできました。
29歳のときには、代官山にスタジオを作って経営者になり、今は料理教室の運営にも奮闘中です。32歳を目前に、この10年を振り返ると、いろんな方たちからたくさんたくさん助けられてきたなと思います。この10年の出来事は、私ひとりでは決して達成できなかったことばかり。本当に感謝の気持ちでいっぱいです! そして今、追いかけている新たな目標は……もちろんあります!
「好きな人の喜ぶ顔を見たい」という気持ちだけで料理を始めた私は、料理の知識はほとんど独学です。料理家として独り立ちできてからも、正式に料理を習ったことがないのがずっとコンプレックスでした。
27歳で結婚したときには「先輩料理研究家がたくさんいる中、きちんと勉強をしたこともない私が、今後もやっていけるのか」と、仕事をやめようと悩んでいました。このモヤモヤを克服するには勉強するしかない、と新婚なのに単身フランスの料理学校へ。これをきっかけに、毎年2、3回、長期の休みをとって海外の料理学校に通うのをルーティンにしています。ここからの10年は、国外だけでなく、日本の古き良き文化にも目を向け、知識と経験を深めていきたいです。
お気に入りのキッチングッズを教えてください!
私のお気に入りベスト3は、フライパン、鍋、キッチンばさみ。フライパンは、私がプロデュースして、開発に3年もかけた逸品です。直径28cmの深型で、焼く・炒める・煮る・蒸すと万能! 鍋は世界に誇るメイドインジャパンのバーミュラの鋳物ホーロー鍋。無水調理に優れていて、素材のおいしさを引き立ててくれます。はさみは、恩師・祐成先生プロデュースのもので、絶妙なカーブが素材をしっかりとキャッチしてくれるんです。まな板を出したくないな、というときにも鍋の上でチョキチョキできて便利ですよ。
写真:山本貴一 文:沖田恵美
SHIORI's profile
短大卒業後、料理家のアシスタントを経て独立。2007年8月「作ってあげたい彼ごはん」を出版。著書累計400万部を超える。「若い女の子にもっと料理を楽しんでもらいたい」をモットーに女性ファッション誌をはじめ、テレビ、イベント、商品開発など幅広く活動し同世代女性に高い支持を得る。近年はヨーロッパやアジアなど短期での海外料理留学にも力を注いでいる。料理の楽しさを直接伝えるべく、2014年春代官山に待望の料理スタジオL’atelier de SHIORIをオープン。
SHIORIさんのプロフィールはこちら
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