現役の医師でもある栁川さん。料理家になったきっかけは?
料理家になる前は、勤務医として毎日フルタイムで働いていたので、勤務時間帯も不規則でした。早朝から深夜までかかる日もあれば、当直の翌日もそのまま仕事…なんていうことも。当然自炊する時間もないので、外食続きになることもしばしば。医者って意外と不健康な人が多いんです(笑)。
食への意識が変わったのは、子供が生まれてから。離乳食を始めた頃に、やっぱり安全な物、体にいいものを食べさせたいと思うようになったんです。そんな時、安全な食材を取り扱っているネットスーパーがあると先輩医師から教えてもらって、早速利用することに。当時、そのサイトでは、審査に通ったユーザーが投稿できるレシピコーナーがあったんです。
スーパーのいろいろな食材を使って、それぞれが考えたレシピを載せていたんですけど、見ているうちに、自分もだんだんやってみたくなってきて。軽い気持ちで人生初の自作レシピを応募してみたところ、なんとレシピ投稿者としての採用が決定! それを機に、料理家としての道がスタート。普通のレシピはもちろん、自分の子供の成長に合わせて、離乳食や子供向けレシピなども投稿していました。
転機となった出来事は?
レシピ投稿者として数年がたった頃、今度はあるテレビ番組のレシピコンテストの募集をネットで見つけ、早速応募することに。でも実は私、その番組を見たことがなくて…。予選からテレビで放送されるような大掛かりな大会だなんて知らなかったんです。しかも当時は診察のほかに研究もこなすという忙しい毎日でした。加えて、家事や育児もある。忙しい時は、子供を寝かしつけるために9時に一度寝布団に入り、それから夜中の12時に起きて、家に持ち帰った仕事をするという生活を送っていたんです。もう朝か夜かわからないですよね(笑)。
そんな状態で挑んだ大会は苦労の連続でした。地元新潟と東京の往復に、食材の準備、慣れない撮影と時間制限の中での調理…。しかもその様子を、超一流の料理人の方々が隅々までチェックするんです。最初は緊張のあまり、包丁を持つ手が震えたほど。それらを乗り越えて優勝できた時は、正直、勝ち負けよりも、やり切ったという達成感の方が大きかったですね。
でも、そんなよろこびもつかの間、その後すぐにレシピ本の出版が決まったんです。休む間もなく、今度はレシピの試作もやらなくてはならず…本当に大変でした。何より、こんなに料理と向き合うことが初めての体験で。「自分がおいしいと思う料理は何だろう、何をおいしいと感じるんだろう…」、とひたすら模索する日々が続きました。
"簡単でおいしい料理って、きちんと「ひと手間」かかっているんです。"
その時気付いたのが、「簡単な料理」と「手抜きの料理」は全く違うということ。私がおいしいと感じるのは、お肉が柔らかいとか、お野菜の味がおいしいとき。それは表面的な味付けではなく、シンプルな部分なんだ、と。だからこそ「下味」や「下処理」が、一番大事だということわかったんです。
例えば、私の代表レシピ「レンジ蒸し鶏のとろとろ卵ソース」は、レンジで温めた鶏肉に甘辛卵ソースをかけるだけという、誰もが認める簡単レシピ。でも実は、塩、砂糖、酒でしっかりと下味をつけているからこそ、お肉も柔らかく、しっかりした味に仕上がるんです。青菜を茹でる時だって、塩の分量をきっちり計るだけで、甘みがぐんと増すんですよ。
ちょっと面倒だけど、このひと手間を加えるだけで、料理がぐっとおいしくなるんです。簡単、シンプルな料理であればあるほど、その差は歴然。このことに気付けたのは、私にとって財産になっています。
レシピを作るうえで大切にしていることは?
私のレシピって、「普通のごはん」なんですよ。レストランで出されるような豪華なものではなく、いつも家族に作っているシンプルな家庭料理。それを家族においしいって食べてもらえることが、私にとっては一番大切なことなんです。ちなみに、子供たちが好きな料理は、野菜たっぷりのお味噌汁。昔、風邪をひいた娘に何を食べたいか聞いたら、「大根のお味噌汁」と言われたことがあって、びっくりしました。当時はまだ3歳ぐらいだったけれど、野菜のおいしさがわかっていたんでしょうね。
でも最近は、好き嫌いも出始めて(笑)。そんな時私は、味付けではなく調理法を変えるんです。生でダメなら、茹でる、炒める、揚げるという具合に。潰してわからなくして食べさせるという方法もあるけど、それって意味がないしつまらない! 食べられるようになったよろこびも、大事にしたいんです。何気なくテーブルの上に出しておくと、気が向いたときに勝手に食べてくれることもあるんですよ。
料理家と医師。一体どうやって両立しているんですか?
今はパート時間帯で勤務しているので、子供たちの学校や保育園が終わる3時頃には家に戻れるんです。とはいえ、家事や子供たちの送り迎え、料理関係の仕事など、結局はやることが山積みなんですけどね…。
「時間の使い方を教えて」とよく聞かれるんですが、私自身は時間の使い方が上手ではないと思っているんです。ただ、すごく早起きなんですよ。起きるのは毎朝4時。子供たちが起きてくる6時ぐらいまでの間に、ブログを書いたり、レシピや写真をまとめたりといったパソコンでの仕事を一通り終わらせてしまいます。こんなふうに自分のために時間を使えるというのは、家で仕事ができる料理家としての特権! 今の私には、このライフスタイルはすごく合っている気がしています。
ちなみに、もし効率的に料理をしたいなら、下ごしらえをまとめてやってしまうのがおすすめ。例えば、緑の野菜は一度に全部茹でて保存しておくと、ブロッコリーなどは取り出してそのまま食べられるし、ほうれん草の和え物なども簡単にできて便利です。夕食の下準備だって、朝のうちにできる限りやってしまいます。野菜を切っておくとか、お肉に下味をつけて置くとか。そういう作業は、意外と時間がかかるもの。そうやって時間配分を工夫すれば、あとがすごく楽になりますよ。
Nadiaでは、「料理の写真がキレイ」という評価も多数! 撮影の仕方を教えてください。
カメラに関しては私は全くの素人。自分がいいな、と思う料理の写真をお手本にしては、距離や角度を変えたりしながら試行錯誤しています。依頼を受けたレシピだと、1レシピにつき100枚以上撮ることも。料理を作るよりはるかに時間がかかっているかもしれません。
カメラは、キャノンの一眼レフに望遠レンズをつけて使っています。少し離れたところから、オートモードで撮影しています。このほうが焦点が合わせやすいのと、背景がふわっと、良い感じにぼやけてくれるんですよ。といっても実はこれ、偶然の産物から得た知識! もともとは標準のレンズを使っていたのですが、そのレンズが割れたために修理に出すことになってしまって。仕方なく、セットでついていた望遠レンズで試しに撮ってみたところ、このほうが明らかに写真の出来が良かったんです(笑)。
それ以来、ずっとこの撮影スタイルです。ちなみに、ライトはないので利用するのは自然光。外が明るいうちに撮りたいから、夜は料理写真はとりません。(※写真は栁川さんお気に入りのもの。)
今後の目標は?
昨年の9月に料理教室を始めたんです。日頃いただいているお仕事は東京が中心なので、自分が住んでいる新潟でも何かしてみたいなと思って。ちなみに第1回目のレシピは、「鍋炊きご飯」と「お味噌汁」。他にも青菜の塩茹で、炒め物のコツなど、普段私が大事に思っていることをテーマにしているんです。基本を生かして、その料理だけが作れるということではなく、いろんな料理に応用してもらえたら嬉しいですね。
あとは医師と料理家、両方の知識をうまく繋げていけたらいいなと思っています。医者って「コレステロール値が高いから注意してね」とは言えるけど、具体的に何を食べたらいいのかまでは教えないんですよね。でも、患者さんにしてみたら、それがすごく重要で知りたいことでもある。病気のことも食べ物のこともわかるからこそ、そこを繋げたいと思って、栄養素や薬膳の勉強を始めました。Nadiaでのコラム「ココロとカラダの献立帳」には、そういう思いを込めているんです。
大人になってふと食べたくなるものって、昔食べたお母さんの普通の料理だったりしませんか。そういうご飯を、私も子供に作ってあげたいと思っています。私の軸にあるのは、やっぱり家族なんです。だから私のレシピも、それぞれのご家庭の味にどんどんアレンジして欲しい。そしてそれが、その家庭の定番料理になってくれたら最高ですね。
お気に入りのキッチングッズを教えてください!
意外と重宝するのが、小さめのキッチングッズ。小さいボウルは、タレなど少量のものを混ぜる時に便利。耐熱なので、そのままレンジにかけてOK。左の計量スプーンは、それぞれ小さじ2分の1、4分の1。小量を混ぜる時には、泡だて器を使うと、ダマにもならずに便利。箸じゃダメなんです(笑)。
シリコン製のスプーンは、取り残しがなく便利。スクランブルエッグを作る時は、小さい木べらを使うとトロトロに♪ 小回りが効くので、ホワイトソースなどを隅に残すことなく混ぜられるんです。写真のナイフはパン用ですが、他にも果物用や、お肉を切るカッティングナイフ等も常備。鍋やまな板など、他にもまだまだありますよ(笑)。ちょっとした時に何かと使い勝手がいい小さいものグッズ、もう手放せません!!
写真:巣山サトル 文:安田美保
栁川かおり's profile
医師、料理家。2児のママ。出産を機に2011年より料理ブログを開始。シンプルな料理をより美味しく!をモットーに、まいにち食べても飽きないような「おうちごはん」を目指す。2012年日本テレビ系「ヒルナンデス!」内の史上最大の家庭料理コンテスト「レシピの女王シーズン2」にて優勝し、初のレシピ本を出版。メディア・各種出版、コラム執筆、レシピ提供、食品メーカーのレシピ開発など行う。
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