料理する母を「離れて」見ていた子ども時代
小さいころは、母が台所で料理をするのを見ているのが好きな子どもでした。私はひとりっ子で、両親にとってやっとできた子どもだったので、過保護に育てられて。本当は近くで料理を見たかったけれど、「火が危ない」「包丁が危ない」と言われて、近くに行かせてもらえなかったんです。お手伝いもさせてもらえずに、コンロから離れた椅子に座って、料理をする母を眺めていた記憶が強く残っています。
しかも母は、「子どもにはしっかりとしたものを食べさせたい」という育児方針だったので、添加物や着色料を使った料理やお菓子はダメ。おやつでもなんでも、自分で手作りしてしまうタイプでした。うちにはオーブンがなかったので、よくお鍋を使ってチーズケーキを作ってくれたのですが、それが子どものころの大好物。そのころは、作るよりも食べることのほうが好きでしたね。
最初は揚げ物も作れなかったけれど…
私が本格的に料理を始めたのは、結婚してから。高校卒業後は短大の生活科に通っていたのですが、中退して、結婚・出産をしました。そこから急に、毎日食事を作らないといけなくなって。でも誰に料理を教わることもなく結婚してしまったので、最初は揚げ物も作れなかったんです。
トンカツや唐揚げはスーパーで買ってくるか、母を呼んで揚げてもらうか(笑)。しかも主人は好き嫌いの多い人で、野菜全般をほとんど食べてくれなくて。特に玉ねぎが嫌いだったので、カレーに玉ねぎを入れるときは、すりおろして入れたりしていましたね。そのころから次第に、育児中でも作れる時短・簡単な料理を考えるようになっていって、料理が好きになっていきました。
息子が中学校に入ってからは、毎日作るお弁当の写真を撮るようになりました。ところがある日、スマホが突然壊れてしまい、写真が全部消えてしまって。友だちに「SNSに残せば?」と言われたのをきっかけにSNSへの投稿を始め、それがレシピを発信するきっかけになったんです。
「自分のために生きる」って?と自問しNadia Artistへ
現在は長男が23歳、長女が20歳、次男が17歳です。私が39歳のときに大好きだった伯母が亡くなったのですが、生前、その伯母が「あなたは20代で3人子どもを生み、30代は子育て一色で生きてきたんだから、40代は自分のために生きていきなさい」と言ってくれて。「自分のために生きる」って? と自問していたんです。そんな中で、自分の知識と経験を活かせることって料理なのかな…と思い、Nadia Artistへ応募しました。
料理の仕事を始めたころは、長男が大学受験で娘が高校受験。まだ思春期ということもあって、精神的にまいることもあり、毎日もどかしい日々を送っていたんですよね。でも、私のレシピを見て料理を作った方が、温かい感想や共感のコメントをくださって、そのひとつひとつがとってもうれしくて。そのおかげで、レシピの発信を長く続けてこられたと思っています。あとは「推し」にも元気をもらっていましたね。「THE RAMPAGE」の大ファンなんです(笑)。
子どもたちもレシピをチェック中!
現在の仕事は、レシピ開発が中心です。仕事は大変なことも多いけれど、だからこそ自分の納得のいくレシピができたときは本当にうれしいですね。仕事の魅力も、たぶんそういうところなのだろうと思います。反対に大変なのは、レシピの編集です。もともと写真を撮ったり、編集したりの経験もなく、まったくの初心者。スタイリングも文章をまとめるのも、いつも苦労しています。
語彙力も自信がなくて、レシピのタイトルも似たようなものをつけがち。娘に「こんなタイトルでいいの?」といつも怒られています。娘はちょっと前まで女子高生だったので、SNSにも詳しいんですよね。だから私よりも、フォロワー数やお気に入り数を気にしていて。写真の撮り方がシンプルすぎるとか、いろいろアドバイスしてくれます。最近は次男も私の投稿をチェックしているみたいで、「この料理、食べてないんだけどどういうこと?」って言ってきたり。唯一、長男だけが私の仕事に無関心ですね(笑)。
目標にしていたレシピ本出版が実現
今年(2023年)6月29日には、初めてのレシピ本『美桜の秘密の味テクめちゃうまごはん』(ワン・パブリッシング)を出版することになりました。料理家として働き始めたころ、いろいろな方々に「レシピ本、出さないの?」と聞かれることがなぜか多くて。自分自身まだまだそこまで達していないと思っていたころだったので、「だったらレシピ本出版をひとつの目標にしよう」と思ってこの仕事をしてきました。そんな中で、Nadiaの葛城社長から連絡がきて出版の話をいただいたんです。
ただ、私、その話をいただいたのが、新型コロナウイルスにかかり重症化して寝込んでいるときで。肺炎をおこして、もうこのまま寝たきりになるのかも…と思っていたときに「出版が決まりました」という連絡がきて、うつらうつらしていたから、もう夢だと思っていたんです。それで娘に「レシピ本を出すという連絡が来た夢を見た。私、やっぱりレシピ本を出すのが目標なんだなぁ」って話したりして。そうしたら、何日か後に実際に担当の方から連絡をいただいて、え? あれ、夢じゃなかったの? と(笑)。だから現実を受け入れるのも時間がかかりました。
レシピ本のテーマは、料理を美味しくする「味テク」
レシピ本は「味テク」をテーマにしています。味テクというのは、コクやうま味をアップさせたり、食べやすくしたりという、料理を美味しくするちょっとしたテクニックのこと。例えば、砂糖を揉みこむことで安い肉もやわらかくなったり、わさびを入れることで肉の臭みをとってコクを出したり。普段作っている料理をワンランクアップしたいというときに、この本を読んでもらえたらうれしいですね。
それから調味料って、基本的なもの以外は余ってしまうことも多いですよね。だから、余っている調味料を消費したいという方にも私の本を役立てていただきたいです。撮影中も、わさびをいろいろな料理に使っていたのですが、スタッフの方から「残っているわさびが使えるからいいね」という意見が出ていたんです。さまざまな料理に加えることで調味料を無駄なく使えるし、より料理が楽しくなると思います!
撮影では娘が強力なアドバイザーに
ただやっぱり、レシピ本の撮影は苦労もありました。今回、撮影をするときも1日目はNadia Artistの方がアシスタントに入ってくれたのですが、2日目は誰も都合がつかなかったので娘にアシスタントをお願いしたんです。そうしたら撮影後に、レシピを見ていた娘に「ママのレシピは分かりにくいよ」と言われてしまいました…。
自分では調理工程を具体的に表現するようにしていたし、工程写真も多く撮るように気を付けていたつもりなんです。でも料理家が普通に使っている言葉でも、料理初心者の方には分かりにくい用語ってけっこうあるんですよね。
「いちょう切り」や「下から持ち上げるように混ぜて」という表現も、「どういうこと?」と思われたり。有名な料理家さんの本で普通に使われている言葉でも、娘のような20代の若い子には伝わりにくかったりもする。レシピで文章を書くときには、本を手にとる人がどういう層かも意識しなくてはいけないと気づいたし、それは私だけでは気づかなかったこと。だから娘は強力なアドバイザーでもあるんです。
私にとっては、お仕事のひとつひとつが新鮮で、経験を積める貴重なチャンス。レシピ本出版をまたスタートラインにして、次につながるよう、これからもたくさんの経験を積んでいきたいです。
作る人によって味が変わる、レシピの奥深さ
以前、娘と「死ぬ前に食べたい料理は?」という話をしたことがあって。私の料理かな…と内心ドキドキしていたら、娘が「そりゃおばあちゃんの味噌汁でしょ!」って。私の両親は近くに住んでいるので、母が私と一緒に料理をすることもあるのですが、確かに私と同じ材料を使っても、母が作ると全然味が違うんですよね。炊き込みご飯も、「おばあちゃんのほうが断然美味しい」と言われています。
これが料理の不思議なところなんですよね。私は母と真逆の子育てをしていて、息子が小さいころから料理のお手伝いをたくさんさせていたんです。それで長男が3歳ぐらいのときに、一緒にチーズケーキを作ったんですけど。材料だけ私が量って準備して、混ぜたりする工程はすべて長男にやらせてみたら、できあがりが私の作ったものよりも美味しくて…。「うそでしょ?」と思いました。同じレシピでも、作り手が違うと全然味が違う。火加減や丁寧さの差なのかもしれませんが、たぶん性格がいろいろ出るんでしょうね。
もしかしたら、私のレシピを見た方が作ってくださるときも、同じことが起きるかも…って思うんです。それもレシピの奥深さ。テクニックとかとはまた違ったところで、味が変わってしまうので、より具体的に丁寧にレシピを伝えないといけないと思っています。
苦労して育つ食材を、余さず使いたい
料理のこだわりは、食材の食べられるところはなるべく使い切ること。煮物などの残った汁も、なくなるまで使い回します。それからできるだけ無駄な油を使わず、肉から出る脂で焼いたり炒めたりもしています。
私、もともと貧乏性なんですよ(笑)。昔、「玉ねぎの皮を煮詰めたエキスをお茶にすると体にいい」と聞いたことがあるので、私はそれをだしに使ったりしています。それから新じゃがいもの皮は、皮だけでポテトチップスにしたり。学校でも「皮にこそ栄養がある」と教えてもらったし、食べるからには食べ尽くしたいんです。
自分で家庭菜園もやっていて、ひとつの食材を育てるのにどれだけ苦労するかも身をもって知っているので、食材を無駄にしたくないんですよね。だからその食材のどういうところに栄養があって、どうすれば美味しく食べられるかを、レシピで活かすことができればいいなと思っています。
美味しいものを食べて明日もがんばる。それを手伝いたい
私は、本来すごく面倒くさがり屋。自分自身、朝ご飯を食べる余裕がなくて、カフェオレしか飲めなかったりした時期がありました。でもそういう生活をしていたら、体調を崩すことが多くなっちゃって。3食きちんと食べるようにしたら体調ももとに戻ったし、「食」ってやっぱり大事なんですよね。
子どもたちはみんな大きくなり、これまではおもに体の心配をしていたのが、今は精神的な心配が大きくなってきています。でも親ができることは少なくて、生活面のサポートでしか親は支えになれなくなってきました。
私たちはそういう狭間にいる年代だし、料理を通じて同じような方の助けになれたらうれしいですね。忙しい日々の中でいろいろな悩みもあるけど、美味しいものを食べて幸せを感じるひとときがあれば、また明日もがんばれる。そのお手伝いができればと思っています。
正直、私、それぐらいしかできないんですよ。ほかの料理家さんたちは、管理栄養士やフードコーディネーターなど、いろいろな資格を持っている方も多いです。でも私は何も持っていません。私が持っている唯一のキャリアが「子育て」で、そのキャリアで学んだのが「食」。今、それを活かした職業に就けているのは、本当に幸せなことだと思っています。
そして今、私がこうして料理家として活動できているのはNadiaのみなさんのおかげだと思っています。どんなときでもこんな私に寄り添ってくださり、感謝しかありません。これからも日々精進していきたいと思います!
写真:高橋 しのの 文:室井瞳子
美桜's profile
忙しい毎日でも時短で作れる、栄養満点のレシピが人気。食材を無駄なく使うことをモットーにレシピを発信中。鶏むね肉を使ったレシピシリーズ「胸様レシピ」も大好評。
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