褒められるのがうれしくて料理が上達
料理を仕事にしたのは、「食いしん坊」の素質がおおいに関係していると思います。小さいころからとにかく食べることが好きで、子どもながらに「料理をすると、もれなく味見ができる」と感じていました(笑)。4~5歳ごろからパンの生地をこねたり、ぬか床を混ぜたりしていましたが、失敗しても母から怒られることはなかったし、家族だから褒めてくれたんですよね。それで私は調子に乗って、ますます料理が好きになっていったんです。
本格的に料理を始めたのは、小学生のころ。小1のとき、夏休み初日にレシピ本を見ながらマシュマロを作り、盛大に失敗したのを覚えています。「あれ? 私、グミ作ってたんだっけ?」と思うほど弾力のあるシロモノができました(笑)。
それから小学校のお友だちや隣に住むおばちゃんに、アップルパイを作って持っていったりもしていましたね。今思うと生焼けだったんじゃないかと思うんですが、おばちゃんも「美味しいね。また作ってね」っていってくれて。お世辞でも褒めてもらって、また作って、喜ばれて。その繰り返しがあったから、料理が上達したのかもしれません。
友だちのためにお弁当を作っていた高校時代
母は料理のチャンスを私にくれるのが上手でした。それにものすごく褒めてくれるわけではないけれど、「ここが美味しいね」ときちんと伝えてくれる。まめな性格で、梅干しを作ったり、漬物を漬けたりするのが好きで。そんな母を見て育ったので、私もいろいろ作ろうと思うようになったのかもしれません。
高3のときには、製菓の専門学校に進もうと決めました。周りの友だちは大学受験の勉強をしていたので、仲の良い子にお弁当を作ってあげたりしていましたね。センター試験の日には大雪の中、友だちのために駅までお弁当を持っていったり。ダイエット中の友だちにカロリー控えめのおやつを作ったり。勉強の手伝いはできないけど、食べ物を通じてなら私でもサポートできる。そうやって自分の気持ちを伝える手段として料理を使っていたような気がします。
パティシエや調理器具の販売、営業職を経てNadia Artistに
製菓学校を卒業した後は、ホテルでパティシエなどの仕事に従事。それから調理道具店「自由が丘 Grand Chef」で、プロ用の調理器具の販売に携わりました。28歳のときには輸入食品を扱う代理店に就職し、パティスリーへのレシピ提案や営業を行っていました。
Nadia Artistになったのは、料理家の先輩である奥山 まりさんの紹介です。すでにNadia Artistとして活躍されていた奥山さんが「レシピは財産だから、どこかに残しておくといいですよ。むっちんさんなら大丈夫だし、私がむっちんさんのレシピを見たい!」といってくださったのが心に残っています。30代中盤でNadiaに登録し、フードライターの仕事もしつつ、料理教室のアシスタントで経験を積んで、35歳で料理家として独立しました。
現在の仕事は、企業のレシピ開発がメインです。Instagramのフォロワーさんが5万人を超えたあたりから直接レシピ提案のお話をいただくことも増え、ここ1〜2年はレシピ動画やリールのお仕事も多いですね。また、食メディアでライターとして記事を書いたりもしています。
「たれ」がテーマのレシピ本も出版
2021年に出版したレシピ本は読者にも大好評!
レシピ本『むっちんさんの極上だれでパパッとごはん』は、ワン・パブリッシングさんからお声がけいただき実現しました。「たれ」がテーマと聞いたときは、正直、寝耳に水で。実はそれまで「たれ」を意識してレシピを作っていた自覚がなかったんです。
けれど、いざ走り出してみれば、出るわ出るわ「たれ」の数々。無意識ながら、調味料を組み合わせたいろいろな「たれ」をレシピに落とし込んでいたことが分かりました。私のレシピに共通点を見出して企画を立ててくださったワン・パブリッシングの担当さんや、Nadia編集部のみなさんには感謝しかありません!
これまでどのレシピにも責任を持って向き合ってきましたが、レシピ本を作るには想像よりずっとたくさんの方が関わっていて、1冊の本が世に出るのは並大抵のことではないと感じました。私自身、『わかったさん』『こまったさん』シリーズや『ゆめ色クッキング』などの料理絵本が好きで今でも手元に持っていますが、私のレシピ本を手に取ってくださった方も、同じように感じてくれたらうれしいですね。
「舌の記憶に残る料理」を作るお手伝いをしたい
仕事の魅力は、自分や家族以外の人に「美味しい」といってもらえる点でしょうか。人は1日3食、一生食事を続けるわけで、何気ない日常にも必ず料理がある。なんてことない実家の食卓があとから尊く感じられるように、舌の記憶に残る料理を作るお手伝いができたらと常々考えています。
大変だと感じることは、あまりありません。基本的に料理が好きなので、苦労だと思うことはないんですよね。でもあまりに試作が続いたりすると、「誰かが作った料理が食べたいな」と思うことはあります。にんげんだもの(笑)。
苦労はありませんが、常に勉強はしています。といっても難しい勉強ではなくて、料理を食べるときにこれは何が入っているんだろうと考えたりとか。私、食べたいもので旅先を決めたりするんですよ。あれが食べたいから、あの国に行こうとか。旅先でも何軒も食べ歩いて、いろいろ吸収したり。いつも頭のどこかで食べ物のことを考えていますね。
AIが発達しても、料理の仕事はなくならないと信じて
たぶん私、「がんばる」という言葉があんまり得意じゃなくて。料理が本当に好きなので、無理に努力するのでなく、自然と吸収しているんだと思います。
きっとほかのお仕事も、そういうことの積み重ねですよね。たとえば、デザイナーさんがデザインひとつ作るのにかかったのは1時間だとしても、それまでの長い期間に吸収した経験が詰め込まれている。料理家も一緒で、形あるものを作るために、形のないものを吸収した積み重ねがあるからこそ、良いものが生まれると思うんです。
だから、この仕事は面白い。AIやChatGPTも話題ですが、AIは経験をデータとして重ねてはいるけれど、世の中の流れや空気とかは分からないかもしれない。私たちは、そういう空気感など、形のないものを新しいエッセンスとして料理に加えることができる。だからきっと、私たちの仕事はなくならないと信じています。
レシピは「そうきたか!」と思わせたらこっちのもの!
料理のモットーは、まず「シンプルに、確実に美味しい」。そして「昔から大切にされてきた基本は忘れずに」。とはいえ、限られた時間で料理している方が多いと思うので、余分な工程は省いています。また、どこのスーパーでも手に入る材料を使うよう心がけています。
そして「組み合わせ」が大切。よく使う食材でも、組み合わせを変えるだけでまったく新しい料理になるんですよね。白だし×チーズとか、スイートチリソース×マヨネーズ×練乳とか。特にうま味成分のイノシン酸、グルタミン酸、グアニル酸を意識して使うことで、シンプルなのに新鮮なレシピができあがります。見慣れた食材で「そうきたか!」と思わせたらこっちのものです!
著書でも、定番食材をさまざまな「たれ」でアレンジするアイデアを紹介
料理を撮影するときは作りたてを撮りたいので、自然光を使って撮れるタイミングを読んで、完成時間を逆算しています。真俯瞰だと料理がのっぺりしてしまうので、食卓に座ったときの目線になる位置から撮影することが多いです。最近はカメラにもはまっていて、動画のクオリティを上げるべく勉強中。料理初心者さんでも食べたくなるシズル感、上級者さんも作りたくなる映像のきれいさや、ASMRのような耳からの刺激を大事にしています。
試作など手を動かす作業に「ラジオ」は欠かせません。人と接することが少ない仕事ですが、生放送のラジオを聴きながら作業すると人の温かみを感じられます。テレビより情報量が多いので、料理のアイデアにつながることも。ラジオがなくなったら生きていけないかも(笑)。
おせちに調理道具…仕事につなげたいことがたくさん!
むっちんさんのお気に入りの調理道具たち
Nadiaでレシピを投稿するときは、「節約」「ボリューム」「簡単」「時短」を意識しています。強化したいジャンルは、副菜やアジア料理。もともとアジアが好きなので、もっと手軽に本場のエスニックを味わえるレシピを考えたいです。それに、製菓学校で得た知識を活かして、「一生作りたくなるお菓子」も突き詰めていきたいですね。
それから、「おせち料理」! 毎年プライベートでおせちを作っていて、おせち料理は買ったことがありません。家族も楽しみに待っていて、私にとっては一大プロジェクト。仕事につなげたいなと思うこと数年、オンライン料理教室だったりレシピ開発だったり、いくつか妄想しているので今年こそは! と思っています。
そして、「道具」についてのお仕事も。調理道具は、必ず人を助けます。高ければいいわけではないですが、いい道具を使うと料理がもっと効率よく、もっと楽しくなるはず。調理道具店で培った知識をもとに、道具の良さをもっと広めたいです。そういったお仕事もどんどんお待ちしております!
夢があるなら「好きの種」をまいてほしい
Nadia Artistを目指す方には、「好き」という気持ちを大事にしてほしいです。私は、初めから料理家になるために専門学校に行って…というわけではありませんでした。でも営業の仕事を退職したとき、何ができるかといったら、これしかなかったんですよね。だから気づかないうちに、それまでの30何年間で着々と準備をしていたんだと思います。
好きなことを追求して、食に関するいろいろな仕事をしてきましたがすべて無駄じゃなかったし、「好き」という気持ちがここに連れてきてくれたんですよね。いつ花開くか分からないけど、種をまいて、水をやり続けて。自分を振り返って、料理家しかないと思ったときに、「あ、やっと花が咲いたんだ」って気づいたんです。
だからNadia Artistを目指す方も、ほかの目標がある方でも、触手が動いたものはすべて経験してほしい。何かを見に行ったり、誰かに会ったり、何かを食べたり。何があとあとヒットするかも分からないし、「好き」と思ったものは何でも経験して、向いてないと思ったらやり直して(笑)。「好き」を追求した結果が、あとになって実を結ぶんじゃないかと思います。
誰かが「褒められる」と鳥肌がたつほどうれしい!
それから、みなさん、もっともっと褒められてほしいです! 褒められて、うれしくて、また褒められたいと思うと人はどんどん伸びますよね。Nadiaだったら、投稿すればユーザーさんが「美味しかったです」と書いてくれて、それが料理家を伸ばしてくれる。私も家族、近所の人、友人、ユーザーの方々が褒めてくれて、ここまで来ました。
だからユーザーさんがコメント欄に「家族に褒められました」と書いてくれると、私もめちゃめちゃうれしいんです。ほかの人が褒められたことが、自分のことのようにうれしく感じるなんて思ってもいませんでしたよ。「肉じゃがが嫌いだった夫が好きになりました」とか「子どもが爆食してます」と聞くと、鳥肌がたつほどうれしい。そういうのがモチベーションになるんですよね。だからNadiaの「作ってみた!」も、すごくいいシステム。誰かが作ってくれてこそレシピは生きるので、本当にありがたいです。
「あの人の料理なら間違いない!」というArtistになりたい
料理家の世界に実際飛び込んでみると、食卓に自分のレシピを活用していただくことへの責任感が生まれ、仕事への向き合い方も変わりました。そう思うきっかけをくれたのがNadiaです。
Nadiaは社長の葛城さんはじめ営業さん、編集部のみなさん、体育会系チックで熱く、こちらも「やるぞ!」という気持ちにさせてもらえます。いつもありがとうございます。そしてこれからもよろしくお願いいたします!
将来的には、「あの人のレシピなら間違いない!」と思ってもらえるNadia Artistになりたいです。食の好みは人それぞれなので、万人ウケは難しいことは分かっています。でも、ひとりでも多くの方に美味しいと思ってもらいたいのは、きっとすべての料理家さん共通の願い。あの人の料理なら…と、ぼんやりとでも思ってもらえるような、地に足のついた料理を生み出せるよう努力し続けたいと思います。
写真:高橋 しのの 文:室井瞳子
むっちん(横田睦美)'s profile
日本菓子専門学校を卒業後、都内のパティスリーや調理器具専門店での勤務、食品メーカーの営業、料理教室のアシスタント等を経て、料理家として活動中。企業向けのレシピ開発のほか、webメディアや雑誌、ラジオなどでも活躍。著書に『むっちんさんの極上だれでパパッとごはん』(ワン・パブリッシング)がある。
むっちん(横田睦美)さんのプロフィールはこちら
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