「何ごとにも全力投球」がモットー

料理を作るようになったのは、中学生か高校生のころだと思います。祖母と同居をしていたのですが、祖母があまり料理が得意ではなかったため、母が不在のときに私が料理を作り始めたのがきっかけです。料理が苦だった覚えはないので、今思えばそのころから料理が好きだったのだと思います。
高校卒業後は、自分がやりたいことがつまった短大へと進学しました。短大では珍しく制服があって、その制服にも憧れていたんです(笑)。短大では、秘書士の資格、中学校家庭科二種免許も取りました。やれることはすべて全力投球でやったので、充実した毎日だったと思います。

卒業後は一般企業で働きましたが、結婚を機に退職して栃木県に引っ越しました。我が家が転勤族だったことと、夫が妻に家にいてほしい人だったこともあって、そこからはずっと専業主婦。2、3年滞在して転勤という生活でしたが、上の子が中学に上がる前に私と子どもたちは地元の福岡に戻りました。
夫はもう10年以上単身赴任をしているので、現在までずっと子育てはワンオペです。家のことはしなかったけれど、口を出すこともなく私の子育てを見守ってくれていたのでがんばれたのだと思います。夫もひとりで戦っていますしね。
スポーツクラブで始めたレシピ発信

子どもたちが中学生になって手も離れてきたころ、私が通っていたスポーツクラブの求人をたまたま娘が見つけて、そこから5年ほどスポーツクラブのスタッフとして働きました。
私の良いところでもあり、悪いところでもあるのですが…ここでもまた全力投球(笑)。子どもの体育教室のアシスタント業務では、自分のできなさ加減に落ち込んで、家でYouTubeを見て研究したり。気持ちが入りすぎて、涙がドバーッと出たこともありました。

また、クラブの会員は年配の方が多いので、お役に立てたらとレシピの紹介も勝手に始めました(笑)。
最初はホワイトボードに季節のあいさつを書いていたのですが、ある日、ネタがなくなり、お弁当の煮卵のレシピを書いてみたんです。そうしたら、みなさん興味を持ってくださって。ほかのレシピも紹介するうちに「美味しかったよ」の声が聞けるようになって。
レシピをまとめたノートを作って、それも最終的には3冊ほどになりました。トレーナーさんが私のノートから料理を選んで、運動と食事に関するプリントを作ることもあり、とてもやりがいがある仕事でした。
その当時、よく聞いていたのは年配の方からの「やる気でらんのよねぇ」という声。子どもも巣立って、自分とご主人のためだけに凝ったものは作りたくない。かといって健康でいたいという気持ちはある。
そんな方たちでも作りたくなるような“ヘルシーで簡単なレシピ”を考えて、野菜とソイフードにたどり着きました。ベジタブル&フルーツアドバイザーとソイフードマイスターの資格を取り、運動の指導ができない分、料理でサポートしようと働く毎日でした。
職場のコーチの言葉がきっかけでNadiaに挑戦

料理は好きだったので、ほかのレシピサイトには投稿をしていました。Nadiaも憧れていたのですが、私なんかが挑戦するのはおこがましいと思っていたんですよね。
でも、Nadia Artistになりたい気持ちは、どんどん大きくなっていったんです。そうしたら、そのころちょうど勤務先で、コーチが子どもたちに「できんと思っていたら絶対できん。絶対できる!!!」と、魔法の呪文のように言っていて。最初は「できんもん」って言っていた子どもたちの目の色がどんどん変わって、できるようになっていくんですよね。それを見ていた私にもいつの間にか魔法がかかり(笑)。「やってみらんとわからん」と思うようになって、申請してみたんです。
1回目はすぐに不合格通知が来ましたが、2回目の挑戦で合格をいただきました。合格のメールをいただいたときは、本当にびっくりして涙があふれました。あの日のことは鮮明に覚えているし、一生忘れないと思います。だから今でも、コーチの言葉は私にとって大切な魔法の言葉です。不安なときはいつも「できんと思ったらできん。絶対できる!!!」と言い聞かせています。
自分に自信を与えてくれた娘の言葉

夢だったNadia Artistになれたことはうれしかったのですが、プレッシャーと引け目はありました。SNSのフォロワーも1,000人程度で栄養士の資格もなく、どうしたらいいんだろうと…。でも、コツコツやることだけは得意なので、まずは名前を覚えてもらおうとひたすら毎日投稿しました。決めたことは納得いくまであきらめない。もう、うっとうしいほど熱量が高いんです(笑)。
最初のころは、簡単なレシピをわざわざ難しくしたり、普段しないことを入れてみたり、ずっと迷走していました。でも、Nadia編集部編集長の黒澤さんとお話させていただいたときに、黒澤さんが「mikanaさんらしく、そのままで」と言ってくださり、気持ちが少しラクになりました。
そうしているうちに、少しづつフォローしてもらえるようになり、献立賞や月間MVPをいただき、2023年にはレシピ投稿大賞もいただくことができました。

それでもまだ、自信がついたとは言えなかったのですが…。昨年、娘が結婚して、ほぼ料理をしなかった娘が「お母さんのレシピなら作れる」と言ってくれて、その言葉が私の気持ちをふっとラクにしました。きっと娘のように料理が苦手だったり、時間がなかったりする方もたくさんいるはず。だから私のレシピはこれでいいんだ。初めてそう思えたんです。
迷いが消えて、自信をもって発信できるようになって、そこからお気に入り保存の数もフォロワーさんも大きく増えて、今年の目標だった1万人に到達しました。娘は自分の発言を覚えていないと思うのですが、すごく感謝しています。
https://oceans-nadia.com/user/575130/recipe/483137mikanaさんの一番人気のレシピ「もやしときゅうりの絶対旨いやつ《韓国風♡サラダ》。
10分であっという間に作れてやみつきになると大評判。
ヘルシーな時短料理をもっと届けたい

得意分野は、野菜とソイフードのお料理です。野菜ソムリエの資格も取得しました。野菜が苦手な人にも食べてもらいたいと思うので、味付けや調理法は工夫しています。娘の夫も野菜はあまり食べられなかったのに、娘が私のレシピを作って食べさせるうちに今ではいろいろ食べられるようになりました。
2024年には、夢だったレシピ本『mikanaの日本一おいしい野菜の食べ方』を出版しました。連絡をいただいたときはただただうれしかったのですが、1日たったらプレッシャーの方が大きくなって。売れなかったらたくさんの人に迷惑をかけると思うと、恐怖でいっぱいでした。
でも私にできることは、自分の力を出し切ることだけ。そう思って最後まで全身全霊をかけて取り組みました。スタッフのみなさんにはすてきなレシピ本に仕上げていただき、本当に感謝しています。
夫は、レシピ本を宣伝隊長のように宣伝してくれました。出張に行くたびに私の本を紹介したり、本屋に並んでいた私の本を全部買ってくれたり。「電車の中でおじさんが料理本を見て、変なやつって思われたやろうなぁ」なんて言っていました(笑)。

それから息子が来年には家を出て、私もひとりになります。50代に入り、体の不調も出てくるころなので、今後はもっと体に優しいレシピを増やしていきたいです。
実はこの2週間、初めていろいろと考えてミニダイエットに取り組んだんです。それが思った以上に良くて、体もお肌も調子がいい。体重も1.5kg落ちました。がまんは辛いし、お腹いっぱいになりたいという方のためにも、大げさなダイエット食ではない普段のご飯の延長線上にあるダイエット食を考えたいと思っています。
今後の夢は、Nadiaの連載コラムを持つことと、もう1冊レシピ本を出版することです。レシピ本はプレッシャーはありますが、前よりは上手に撮れるようになったし、レシピもより良くなっているはず。もっとすてきなものをお届けできるのではと思っています。

2025年12月のインタビュー当時話していた夢をかなえたmikanaさん。
今年2月からコラム「美味しさと栄養をまるごと!mikanaの野菜塾」を連載中。
Nadiaに挑戦して人生が変わった

私はNadia Artistになって、人生が大きく変わりました。普通の主婦だった私が本の出版だなんて、夢のまた夢で考えられなかったことです。
Nadiaには、たくさんの出会いがあるし、たくさんの刺激をもらえる場所です。私もたくさんのことを経験させていただき、今では毎日が楽しくて仕方がありません。あの日勇気を出して、本当に良かったです。
私が言うのもおこがましいですが、迷っている方は絶対に挑戦してほしいです。コーチの言葉ですが「できんと思ったらできん」。だから、もうやるしかない。少しの勇気で大きく人生が変わると思います。
写真:高橋 しのの 文:室井瞳子
mikana's profile

福岡在住、2児の母。SNS総フォワー数10万人超。野菜ソムリエ、ソイフードマイスター、ベジタブル&フルーツアドバイザー、健康食アドバイザーといった数々の資格を生かした、ヘルシーレシピが魅力。2024年8月に出版した初のレシピ本、『mikanaの日本一おいしい野菜の食べ方』(宝島社)も評判を呼ぶ。身近な調味料と旬の野菜・ソイフードを使い、美味しく野菜不足を解消する時短レシピで、忙しい人を中心に多くの支持を集めている。
mikanaさんのプロフィールはこちら
Nadia Artistになりたい方へ。申請ページはこちら


















