こんにちは!庭乃桃です。
イースター(復活祭)も終わり、このコラムも第4回目となりました。
そんな今日は、お料理をする上では欠かすことのできない、オリーブオイルとバターのお話をしてみようかと思います。
オリーブオイルとバター。和食を作るのであればもちろん必要のないものですが、これが洋風料理となると話は別ですね。
そもそも「油脂」というのは、人間の体にとって最も手軽にエネルギーを補給できるものですし、これがあるとないとでは、作れるお料理も味付けの幅も格段に違ってくるのはご存じの通りです。
オリーブオイルとバターを制する者は、ヨーロッパの食文化を制す!
実はここにもうひとつ、日本のご家庭ではあまりなじみのないラードというものが加わってくるのですが、今日はそんな「油脂」をめぐる食の風景を紐といてみたいと思います。
かつてのヨーロッパにおいて、「油」というのは、すなわちオリーブオイルのことを指していました。
なぜそれがわかるかというと、ヨーロッパ世界の基盤を作ったとされる古代のギリシアやローマでは、「油」という言葉が「オリーブ」という言葉からできていたからです。
ギリシア語で、「油」は「elaion」。そして、「オリーブ」は、「elaia」。
古代ローマ帝国ではラテン語が使われていましたが、そちらは「油」を「oleum」と言い、オリーブは「oliva」と言いました。
こうして見ると、ちょっと字面が似ていますよね。
(ちなみにラテン語では、「u」と「v」は同じものとして扱われます。)
これらの言葉は、途中で訛りが入ったりしながら、やがて英語やドイツ語、フランス語、イタリア語へと受け継がれていきます。(なお、歴史的にアラブの文化が入るスペインやポルトガルはまたちょっと違った言葉の流れを汲みますのでここでは除外します。)
けれど、いずれの国の言葉も、「油」と「オリーブ」との密接な関わりを今に伝えているのが面白いですね。
そしてまた、地中海世界で愛されていたそんなオリーブオイルには、実は食用以外にもとても重要な役割がありました。
つまり、明かりを取るための灯火として使われたり、死者を弔う儀式に用いられたり。また塗油(とゆ)といって、キリスト教が広まって以降は「聖なる油」として使われることもあったのです。
それでは、そんなギリシアやローマの人々が愛したオリーブオイルの世界に、バターはどんな風に入り込んできたのでしょうか?
バターとラード。地中海周辺に住む人々にとって、それまであまりなじみの無かったその2つの油脂を持って来たのは、ローマ帝国の外からやって来たゲルマン人という人達だったと言われています。
↑ 赤い部分が古代ローマ帝国。一方、ゲルマン人達はその北にある緑の部分に住んでいました。
北方からやって来たゲルマン人達は、ローマ帝国の人々とはまったく違った生活スタイルを持っていました。
狩猟や戦いを好み、農業をあまり行わず、半分野生化している家畜を飼うことで乳や肉を手に入れていて、なんだかとにかく「野蛮」――。
当時のローマ人は、パンやワイン、オリーブオイルを好んで食べていましたので、そんな自分達とあまりにも違いすぎる彼らの食文化を、非常に大きな驚きをもって受け止めました。たとえば、ローマのタキトゥスという人物は、『ゲルマーニア』という書物の中で、ゲルマン人の飲料・食料についてこんなことを言っています。
「飲料には、大麦または小麦を発酵させて造ったブドウ酒に似たもの(=ビールの類)がある。ライン河辺りにいる人々はワインを買うこともある。彼らの食べ物はシンプルで、野生の果物、討ち取ったばかりの獲物の肉、凝乳などである。」(タキトゥス『ゲルマーニア』23より)
ここで出てくる「凝乳」というのはおそらくチーズのようなものだと言われていますが、こんな風にゲルマン人達は、ローマの人々とは対照的に肉や乳を主な栄養源としていました。
獣肉を食べていれば、当然ラードも手に入りやすくなります。そして、乳が手に入ればバターも作れますよね。
ただ、それまで地中海世界にまったくバターが無かったかというと、そうではなく、どうやら小アジア(=アジアの西の端、現在のトルコのあたり)から製法が伝わり、主に医療用として使われてはいたようです。
でもゲルマン人がやって来るまでは「食べ物」という認識はなく、結局彼らがもたらしたこのバターとラードは、その後、ゲルマン文化の拡大と共にヨーロッパの食卓で極めて大きな役割を果たすようになります。
こうした中で、ヨーロッパの人々は、オリーブオイル、バター、ラードという3種類の油脂を、状況に応じて上手く使い分ける知恵を編み出していきます。
もちろん、場所によっては、ケシの実、亜麻、菜種、くるみなど、植物油を使える所もあったようです。けれど、古代ローマ帝国の「優れた」食文化を象徴するオリーブオイルの人気はすさまじく、その輸出はアルプス山脈をはるかに越えて遠くイギリスにまで及びました。
また、オリーブオイルは植物由来であるため、キリスト教徒の人々にとっては、ある時期、とても重要な意味を持ったのです。
というのも、前回のコラム(※詳しくはこちらをクリック)でご紹介したように、キリスト教ではある特定の時期に禁欲期間が設けられているため、その時には基本、一切の動物性食品をとってはならないからです。
こうした決まりごとは、時代と共に、さまざまな理由から徐々にゆるやかになっていきましたが、昔は厳格でした。オリーブオイルはそんな時、バターやラードの代替品として大変重宝されたのです。
その一方で、バターやラードにはまた別の需要というのがありました。
遠方まで運ばれるオリーブオイルは時に品質が悪く、イギリスなど北の方に住む人々は「茶色くて酸っぱいオイル」を使うことに嫌気がさしていたところもあったのです。
また場所によっては、オリーブオイルを手に入れること自体、難しいこともありました。
特に輸送手段の未熟だった昔の時代には、これはかなり切実な問題でした。かの有名なカール大帝(シャルルマーニュ)も、「アルプスの向こう、つまりイタリアのようにはオリーブオイルが手に入らないので」、北方の修道院でラードを使用する許しを得たいと教会に願い出たという記録が残っています。
乳から作られるバターは、暖かい地域では大変傷みやすいものです。
ですから、こうしたバターよりも変質しにくいラードは、とても重要なエネルギー源となりました。しかもラードの場合は、バターやオリーブオイルに比べると価格がかなり安かったので、貧しい農民でも使うことができたのは、むしろこうしたラードのような油脂が中心でした。
↑ 現在も、ドイツやハンガリー、ポーランドなどではラードをパンに塗って食べる習慣があります。
ところでバターの方はどうなったかといえば、「野蛮人の食べ物」というイメージがつきまとってしまったせいか、古代ローマの人々にはあまり好まれませんでした。
しかし時代を経て牛の飼育が広まっていくと、徐々にその地位を上げていくことになります。
↑バターを作る農婦(上)。バター作りに使われていた道具(下)。
そしてやがて、バターを料理に使うことがヨーロッパ中で大流行する日が来ます。
そんな変化は14~15世紀頃から始まりますが、この流行は、それまでオリーブオイルを中心としていたイタリアやスペインをも巻き込むほどのものでした。ラードと、その代替物としてのオリーブオイルという図式の中に、バターは第3の勢力として確固たる地位を築き始めたのです。
17世紀になると、かつての古代ギリシア・ローマを象徴する食品だったオリーブオイルは専らサラダ用となり、ちょっとお洒落な人ならバターを使ったクリームソースを使うのが当たり前!という時代がやって来ます。しかしオリーブオイルの方も負けてはおらず、バターにならって、やはりソースの分野へと進出していきました。
こうして、肉や魚にかけるソースに、それまで使われたことのなかった「油脂」が加えられるようになり、ヨーロッパの食文化は大きな変貌を遂げたのです。
↑フランスの高級レストランで出されるようになったバター。
「もしおれが王様だったら、油脂しか飲まないぞ」――。
17世紀の貧しい農民が口にしたとされるそんな言葉は、当時、「油脂」というものが豊かさの象徴であり、憧れの食品であったことを如実に物語っています。
現在、私達は、オリーブオイルも、バターも、ラードも手に入る時代に暮らしています。
古代ローマの人々にとってほぼ未知の食べ物だったバターとラードは、長い長い時間をかけてヨーロッパの食卓に浸透していきました。
今では、お料理次第で、またその日の気分次第で、何を選ぶのも自由。
けれど、お料理を前にした時、そんなヨーロッパの食の風景をちょっぴり思い出していただけたら、食べ慣れたいつものお料理がまた少し違って見えてくるかもしれません。
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それでは今回も、最後にそんな3つの「油脂」の特長をいかしたお料理をいくつかご紹介してみようと思います!
(以下、料理名にレシピをリンクしてありますので、よろしければ大きな写真と共にご覧下さい。)
シンプルゆえに、オリーブオイルの底力を実感できる簡単アヒージョ。素材をいかすオリーブオイルの力、そしてオイル自体の持つ旨味・風味がお料理をグッとおいしくしてくれています。
こちらはバターのまろやかな風味とコクが口いっぱいに広がるクリーム煮。フリカッセは本来フランスの家庭料理ですが、ひと鍋で作れてさまざまな食材に合うのでこんなアレンジも可能です。旬の食材にカレーの風味とコーンをプラスして、お子様達にも喜んでもらえる味に。
ラードの旨味がポイントの、牛肉のさっぱりシチュー。ドイツ西部ヴェストファーレン地方の郷土料理を手軽に牛薄切り肉でアレンジ。ビールとレモン汁で味を引き締め、黒胡椒のピリピリした刺激と肉の旨味、ところどころに香るスパイスがいかにも家庭料理らしい素朴な味わいです。ラードがなければ牛脂を使ってもOK♪
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