「このような夜には、笑い声とどんちゃん騒ぎ、そしてミステリーがありさえすればそれでいいのです。」 (スタンリー・シェル 『ハロウィーン――その祝い方』)
こんにちは! 庭乃桃です。
前回、前々回に続き、今月はハロウィーンにちなんだヨーロッパの文化と食のお話をさせていただいています。
いよいよ今日は、ハロウィーンの日、ヨーロッパではいったいどんなことをするのか?
そして、食卓にはどんなお料理や食べ物が登場するの? というお話です――。
みなさんは、ハロウィーンの日というとどんなことをするイメージがありますか?
お化けやミイラ、魔女なんかのコスチュームに身を包み、メイクなんかをしてみたり。
あるいは、「トリック・オア・トリート!(Trick or Treat)」と言いながら、近所のお宅にお菓子をもらいに行ったり?
そうそう、オレンジ色したかぼちゃでジャック・オー・ランタン(Jack-o'-lantern)を作って飾るなんていうのも定番とされていますね!
そういったことは、たしかにヨーロッパでもすることはあります。
でもこれ、実はみんなアメリカの風習なんです。
そう、ヨーロッパで生まれたハロウィーンは19世紀に移民と共に海を渡り、新天地・アメリカへと伝えられました。
そして、そこでまた新たな形へと生まれ変わったのです。
今や、ハロウィーンの "本場" となったのはアメリカ。
・・・・・・???
そうすると、じゃあヨーロッパの人たちはもともとハロウィーンをいったいどんな風に祝ってきたのかしら?って、少し気になってきませんか?
では今日は、そんなヨーロッパならではのハロウィーンの様子、ちょこっとのぞいてみちゃいましょう。
するとそこには、古くて新しいヨーロッパのハロウィーンと、それを取り巻く食べ物の面白エピソードが見えてきますよ!
ヨーロッパの秋冬を代表する食べ物といえば、やはりまずはリンゴ。
そのおいしさや使いやすさだけでなく、収穫したあとにかなり保存が効くという意味でも冬場には重宝されますよね。
ですからそんなリンゴは、ハロウィーンのパーティーにもさまざまな形で登場します。
たとえばハロウィーンの時によく行われるこんなゲームのワンシーンなら、みなさんも小説や映画でご覧になったことがあるかもしれません。
これはアップル・ボビングと呼ばれる定番のゲームで、たらいに張った水に浮かべたリンゴを口だけで取り出すんです。
もともとリンゴは10月頃に熟すので、ケルト文化の色濃く残るアイルランドの一部地域では、11月1日は「リンゴの日」とも呼ばれていたほど。
↑ ダニエル・マクリース画、『スナップアップル・ナイト』(1933年、ロンドン)。
そしてイギリスやアイルランドの一部では、かつてハロウィーンの夜ことを、「スナップアップル・ナイト」なんて呼んだりもしていました。
スナップアップルというのは、このアップル・ボビングよりもずっと危険を伴うゲームだったようで、なんと吊り下げられた角材の棒の、片方の側にリンゴを、もう片方の側には火のついた蝋燭を付けて回し、熱い蝋をうまくかわしながらリンゴだけ口で奪い取る(!)というものだったそう。
・・・こんな危ないゲームはさすがに現在では敬遠されそうですが、それでも日本のパン喰い競争のように、リンゴを紐でぶら下げて、口だけでとって速さを競う、なんていうゲームならあちこちで行われています。
ハロウィーンの日にするリンゴを使った遊びは、とにかくいろいろ。
ハロウィーンの日の真夜中、鏡の前に立ってリンゴを食べると運勢が占えたり、愛する人の姿が映る――。
リンゴの皮をむいて左肩越しに投げると、将来の伴侶の名前が地面に読める――。
リンゴを半分に切って、その断面にいくつ種が見えるかで運勢を占う――、などなど。
ヨーロッパでもアメリカでも、そのやり方にはさまざまなヴァリエーションがあるようですが、こういったハロウィーンの時期のゲームには、何かしら占い的な要素があるのがひとつの特徴です。
何しろ前回のコラム(→クリックで飛べます)でお話した通り、ハロウィーン・ナイトは一年に一度、あの世とこの世がつながる神秘の夜――。
だからこそ、古くからこの日は、人間には計り知れない何か不思議な力が働くと考えられていたんですね。
そんな風にして行われるようになった、ハロウィーン恒例の占い遊び。
ここで重要な役割を果たした食べ物には、他にこんなものがあります。
まずは、木の実。秋にたくさん収穫できるナッツ類も、ヨーロッパの先住民、ケルト人と関わりの深い食べ物でした。
クルミやヘーゼルナッツなどを暖炉の中に投げ込み、それで恋人との関係を占ったりするバーニング・ナッツは、海外ドラマなどでも時折見かける、日本でもそこそこ有名な遊びではないでしょうか。
恋愛がらみ以外にも、ナッツを投げ込んだ本人が次のハロウィーンまで生きていられるか(!?)なんていうことまで、占われたらしいですよ。
・・・それはちょっと、コワい気もしますよね!
↑ ハロウィーンの時期、「モンキーナッツ」と呼ばれて店頭に並ぶ殻つきのラッカセイ。こうした木の実は収穫の象徴でもある。
↑ スペインのカタルーニャ地方をはじめとする地域でハロウィーン翌日の万聖節(諸聖人の日)に食べられるお菓子、パナイェッツ(Panellets)。いろいろなヴァリエーションがあるが、写真両端に見える松の実をまぶしたものが定番。
あと、ちょっとおいしそうな所では、クルミ、ヘーゼルナッツ、ナツメグにバターと砂糖を加えて小さく丸め、ハロウィーンの夜、寝る前に食べると運勢を告げる夢が見られる、とか。
こうしたナッツ類は現在でもハロウィーンの日のゲームに使われていて、ナッツ類を隠して宝探しのようにみんなで探したり、見つけると賞品をプレゼント!なんていう遊びもあるようです。
他には、キャベツやケールを使った占いというのもあります。
ここで、「なんでいきなりキャベツ??」なんて思われるかもしれませんが、ヨーロッパではキャベツは冬の必須野菜。
何しろビタミンCが豊富ですし、もとは海岸沿いの、風がビュービュー吹くような所でも育つ強い作物として重宝されていたものですから、他の野菜類がパタッとなくなる冬場でもキャベツだけは市場に並ぶというくらいの野菜なんです。
ケールは、そのキャベツのいわばご先祖的な野菜。さらに栄養価が高く、日本では青汁の原料としても知られていますよね。
↑ アイルランドの伝統ハロウィーン料理、コルカノンにも、キャベツやケールが使われている (◆レシピは文末に掲載)。
たとえば18、19世紀頃のスコットランドでは、ハロウィーンになるとまずみんなでケールの畑へ出かけて行き、その茎を引っこ抜いて占いをしたんだそう。
アイルランドだと、これがキャベツになり、畑への入り方も後ろ向きに入らなくてはいけないとか、目隠しをして入らないとダメとか、いろいろ――。
いずれにしても茎の形がポイントのようで、茎が大きくてまっすぐかどうか、あるいは茎をかじってみて味が甘いか酸っぱいかなどで、将来の伴侶の性格を占ったのだとか。
そうそう、ところでアイルランドといえば、ハロウィーンにとっては切ってもきれない土地。
なぜって、古代ローマ帝国の支配下から遠く離れていたこの地には、古くからのケルト文化が長く残り、数々の妖精伝説や不思議な逸話が語り継がれてきたからです。
そんなアイルランド、特に北の方では、それこそ20世紀の初頭になるまで、「ハロウィーンの夜に子供を一人で出歩かせると妖精にさらわれてしまう!」と信じられていたのだとか。
そしてそんな時に役立ったのが、なんと押し麦。
押し麦は大麦の外皮をむいて一度蒸し上げてから押しつぶしたもののことですが、そう言えばアイルランドでもポリッジ(お粥)はメジャーな食べ物です。
特別な日には、ここに木の実を入れたり、野菜や肉を入れたりしてちょっと豪華にするわけですが、そんな押し麦はいつでも身近にあったものなんですね。
で、それをどうするかと申しますと、塩と混ぜ合わせまして子供の髪にすり込みます。
そういった悪さをしに来る妖精対策としては、卵のカラも有効。
妖精たちは赤ん坊を盗み出して、自分たちの子とすり替えてしまうことがあるそうで、そうすると見た目ではもう本物かどうかわからない。
そこで卵のカラの出番。赤ん坊の目の前でそれを茹でてやると、ニセモノの場合は大人の叫び声を上げて正体を現すのだとか――。
さて、ここまでいろいろと見てきて、ちょっと気付いたことはありませんか?
・・・そう。古くからハロウィーンパーティーで活躍してきたこれらの食べ物はみな、ヨーロッパの人にとってとても手に入りやすく、普段からよく慣れ親しんでいる身近な食べ物ばかりなんです。
それにもしかしたら、「いくら待っても、肝心のカボチャが出てこないんですけど!?」と驚かれた方もいるかもしれません。
実は、カボチャがハロウィーンの主役になったのはアメリカに渡ってからのお話。
カボチャは一応古くからヨーロッパにもありましたが、アイルランドでは食べる習慣がなく、特にああいった色の綺麗なカボチャはまさに新大陸の産物だったのです。
アイルランドやスコットランドに残っているのは、カブを使ったランタンのお話。有名なジャック・オー・ランタンも最初はカブで、それはつまり、カブこそがこの地域の人にとってなじみのある食べ物だったからなんですね。
↑ カブで作られたジャック・オー・ランタン(左)。こうしたランタンに使われたのはいわゆるスウェーデンカブをはじめとする大型のカブで、日本のものとは味も見た目も大きさも違うもの。(右)。
逆にアメリカでは、カボチャはとてもポピュラーな野菜でした。
と言っても、アメリカで本格的にハロウィーンの祝い方を説明した本が出版された最初の頃は、「リンゴ、キュウリ、スクワッシュ、カボチャなどの中身をくり抜き、目、鼻、口として皮を切り抜いて内側にロウソクを灯して・・・」といった具合に、特別オレンジ色のカボチャじゃなきゃダメ!というわけではなかったようなんです。
(このことからも、最初はとりあえず作りやすそうな手近な野菜がターゲットにされていたことがわかりますね。)
けれど、色が明るいオレンジ色で、皮が細工しやすく、晩秋に熟すなど、新大陸産のカボチャの魅力は人々の心をあっという間につかんでしまったようで、移民がアメリカに渡った19世紀のうちにはすでにハロウィーンの顔として知られるようになりました。
もともとアメリカには、ハロウィーンが入ってくる何十年も前から大きなオレンジ色のカボチャに「薄気味悪い笑い顔」を彫るという文化があったようなので、よりなじみやすかったのかもしれません。
そしてそんなオレンジ色のカボチャは現在、ヨーロッパでも同様にハロウィーンの象徴として受け止められています。
けれどご存じの通り、ひと口にヨーロッパと言っても、実際はとても広いのです。
たとえば今回ご紹介したような、アイルランドやスコットランドに残る古くからのハロウィーン文化に親しむ一方、アメリカ的なハロウィーンをも同時に楽しむ人たちがいます。
しかし、フランスやイタリア、スペインなどのカトリック教徒が多い地域をはじめとして、いまだに多くの人々が新しい形でのハロウィーンの盛り上がりに大きな戸惑いを覚えているのもまた事実なのです。
この時期はやはり、霊に敬意を払い、静かに死を想うべき時。
賑やかで騒々しいハロウィーンよりも、キリスト教的な万聖節をこそしっかり過ごすべきだ――。
そう考える人々も、決して少なくはありません。
そしてヨーロッパは今、そんなさまざまな人々の考え方がまさに入り混じった状態にあります。
私たちの住む日本と同様、ここ数年で急激に勢いを増してきたハロウィーンという文化をどう受け止めるべきか――。
特に、ヨーロッパの場合は宗教の問題もあるのでより複雑です。
そういった意味では、国によっても、地域によっても、そして人によっても、これほど温度差があるイベントもなかなかないと言っていいかと思います。
ヨーロッパ起源の風習と、アメリカ的な催しものの数々。
時代・地域を超えて、さまざまなあり方が見られる不思議なお祭り。
けれど、なんとも "楽しげで不思議な" お祭り、ハロウィーン――。
* * *
もし時間が許せば、次回はアメリカ的なハロウィーンがどのようにしてヨーロッパに広まっていったのかについて書きたいと思います。
・・・というのも、実はその過程で、お料理やレシピというのがなかなか重要な役割を果たしていたんです!
果たして、今年のハロウィーンまでに更新が間に合うでしょうか・・・? 乞うご期待。
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今回は最後に、ハロウィーンの伝統レシピをご紹介。
2つとも、アイルランドのハロウィーンを象徴する祝祭のお料理です。どちらもとても簡単に作れますので、よかったら今年のパーティーメニューに加えてみて下さいね!
(以下、料理名にレシピをリンクしてありますので、よろしければ大きな写真と共にご覧下さい。)
◆アイルランドの伝統ハロウィーン料理 * コルカノン (キャベツ入りマッシュポテト)
秋冬が旬の男爵いもで作った、なめらかでクリーミーなマッシュポテトに少し硬めのゆでキャベツ(またはケール)が入った一品。キャベツが入るだけでどうしてこんなにおいしいのか!?と思うような、意外なおいしさです。ハロウィーンの日の定番ごちそう料理。
◆アイルランドの伝統ハロウィーンケーキ * ティーブラック (バームブラック)
アイルランドのハロウィーンには欠かせないスパイスケーキ。ゲール語(アイルランド語)で「イーストを使ったパン」を意味する「バーム」と、「斑点のある」という意味の「ブラック」が合わさった名前の通り、この国では珍しくイーストを使うケーキなのが特徴です。しかし家庭では、ベーキングパウダーと紅茶で戻したドライフルーツを使って手軽に作るこのティーブラックの方がより親しまれています。中に指輪やコインなどさまざまな物を入れて焼き上げ、パーティーの最後にそれで占いをするのが定番。
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